思い出のマーニー 感想と考察 19 (読書感想第5章)

※以下、ジブリの新作アニメ「思い出のマーニー」のネタばれが含まれています!!※


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第5章 気の向くままに


 湿地屋敷の存在を知ったアンナは、一日中湿地屋敷のことばかり考えるようになります。そしてアマリンボー(映画の十一、岩波版のワンタメニー)から「湿地屋敷を買った人たちがもう直ぐ引っ越してくる」という話を聞いてからは、なお一層その人たちのことばかりを考えるようになるのです。


 アンナは「外」の人とは友達になれないと思っています。「外」の人と知り合いになると、みんな最初はアンナを興味深く見てくれるのですが、アンナが他の人とは違うことに気がつくとアンナから興味を失ってしまうからです。たぶんそういう事が学校でたくさんあったんでしょうね。


 でも、もしアンナの方も相手に興味がないのであれば、相手が自分に興味を持たないのはむしろ好都合なはずではないですか?つまりアンナは「外」の人が嫌いなわけではなく、じつは興味があるように思えます。けれどアンナは相手に興味を持っているのに、相手のほうがすぐにアンナから興味を失ってしまうので、アンナはその失望から"相手を冷ややかに嫌こと"で自分の心を守ろうとしているのだと私は感じました。


 第1章でアンナは、友達がいないことに「興味がない」「どうでもいい」と感じている事が描写されていましたが、もともとは興味があったのでしょう。でも相手が自分に興味を持ってくれず失望することが続いてしまったので、「自分だって相手に興味なんて無いもんね!」思い込むようになったのではないでしょうか。自己防衛の手段として。


 しか~し!湿地屋敷の住人は例外です。湿地屋敷はアンナにとって特別な場所。その特別な場所に住む人たちはアンナにとっては家族のようなもので、そこに住む人たちは他の人とはきっと違うはずだと思うアンナ。けれど、知り合いになることはやはり恐れています。


 ただ遠くからこっそりと眺めて、ゆっくりと名前を知り、誰がお気に入りかを考えたり、どんな遊びをしたりするのか、夕食に何を食べるのか、何時ごろ寝るのか、そういったことをゆっくり考えたい・・・。


 まだ見ぬ住人を自分の夢の家族として妄想・・ではなく空想を含まらせては「本当の人たちのはずがない」と自分に言い聞かせる、ちょっと変なアンナなのでした。


 なんか良くない方向に育たなければいいのですが(笑)


 また、この章でついに私たちのアイドル「太っちょブタ」のサンドラ(映画版の信子)が登場していますね。

 
 映画版では杏奈よりも1つ年上で少し大人びた感じの子でしたが、原作のサンドラは嫌な奴そのものという感じで書かれています。


 二人はトランプをしますが、二人が知っているルールは違うわ、サンドラはずるをするわで、すっかり嫌になったアンナはトランプを全部サンドラに渡して


角川版 P47

「はい。みんなあんたにあげる。そうすれば絶対に勝てるでしょ」


と言い放ってからはサンドラを完全無視してペグおばさんの雑誌を読みふけるのでした。*1


 うーん、でもアンナちゃん。おじさんお兄さん思うのですが、サンドラの立場から見るとアンナちゃんはどう見えたんだろうね?


 トランプのルールが違うのはお互い様だし、サンドラがずるをしたように見えたのも、もしかするとサンドラが適用しているローカルルールなのかもしれない。それにサンドラから興味を失って雑誌を読むアンナちゃんの姿は、君が冷ややかに嫌っている「外」の人と同じじゃないのかな?


 その間サンドラはなにもすることなくがなく、ただ椅子に座って服のすそを触ったり髪をいじったりしながら、自分を無視して雑誌を読みふけるアンナちゃんを端目に親が戻ってくることをひたすら待ち続けていたようだけど、その間中ずっとサンドラは何を感じていたのだろう?


 サンドラはアンナちゃんに興味を持っていたかもしれないのに、アンナがサンドラに興味を持たなければ、サンドラはアンナちゃんを冷ややかに嫌うしかないじゃないかっ!!


 そう言ってアンナの両肩を強くゆさぶってやりたいお兄さんなのでした。


つづく


*1:ちなみにタイトルは「家庭の言葉」アンナが読むにはちょっとシブめの雑誌っぽいですね